神という蓑

神が死ぬまでは、それまでの人類はおそらく、「神はもしかしたらいないんじゃないか」とは考えていなかったはずだ。あって当たり前のもので、それを疑うことなど思考の余地にない。だからこそ、神はいないなどとはまず思いつきもしない。神が死んで、人々は科学を信じるようになった。それは合理的な選択に思える。科学という真実が、神という偽りを暴いたこの世界の方が、合理的で素晴らしい。そうとも、確かに思える。

神のいない世界の人間は幸せだろうか。自身の人生に起こる数々の不運が他の何物でもなく、つまり、自己の行いを原因とする因果の名の下に下された身も蓋もない現実の結果の集積に過ぎないという事実にさらされなければならない彼らにとって、庇護というのは幻想に近いものである。どんな慰めも癒しも、その場を凌ぐためのボロの蓑でしかない。人間には、どんな雨風も凌げるような、何年経とうとこの身を守ってくれるような、そんな立派な蓑が必要だったはずだ。我々は、この雨がどのような理屈で降り、この風がどのような原理で我々を押し返すのかを知っている。だが、この暴風の中を進んだ彼らには、そんな些末なことを知る必要などなかったのだろう。

私の中で愛が死んだ。それがどういうものか、知ろうとする必要は、きっとなかった。

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