私はずっと悩んでいる。将来のこと、そして今の生き方を。生産的でない生き方に苦痛と焦燥を感じている。私の中で確立された考え方として、「生きていく」ことには目的などない。生まれてしまったのだから生きるしかないというだけで、そこに使命のようなものはない。ゆえに、私たちがどう生きていくかを考える上では、もっぱら何をすべきかということより、どうやって楽しく生きていくかということに焦点を当てるべきだと思っている。おそらくは、その延長線上にあるものとして、夢を抱くのがよいのだ。つまり、いばらの道を進むにしても、そこには大義名分が必要なのではなく、楽しみを見出せているかの方がよっぽど大事だということだ。そして、今の私にそのような意味での夢はない。だから毎日をどう消費してよいのかわからない。心の底から願うことには、何か、命を賭して行うような、一分一秒が惜しくなるほど、毎日を狂ったようにそれのために生きるような、そんな何かを欲している。身体と精神をすり減らしても、その削りカスを捧げたくなるような何かが欲しい。だが今の私にはない。
ところで、人生というのは皮肉なことに、そんな夢を持てたとして、それを追いかけているだけでは生きていけないという現実的な問題が発生している。生きていくためにはお金を稼ぐ必要があって、そのためには、本質的に言えば、誰かの役に立つようなことをしなくてはならない。私にとっての第二の問題である。今のところ、私の自認としては、社会で仕事をしていけるような精神性は持ち合わせていないように思える。どんなに楽なバイトでさえいつ辞められるかを考えていた。切に。今の私は、夢もない上に将来生きていくための道筋も立っていないという、まさに絶望的な状況に立たされているわけだ。
私はこれから大学を三回留年していくわけだが、そんな状況下なので度々教授との面談があったりする。この前の教授との面談ではこんな話を聞かされた。ある四国の有名な人の話だ。彼は音楽関係の大御所的な立ち位置らしく、四国で行われる音楽イベントの大体を取り仕切っているようなすごい人らしい。しかし、彼は大学を四留しているとのことだった。学生時代、音楽に明け暮れ、学業をサボってしまっていたらしいのだが、その自身の趣味に没頭した結果、そこまで大成することになった、と。つまりはお前も何かとがってみればいいんじゃないか、という話をされたわけだ。少し希望が湧いてくるような気もするが、実際はその逆だ。焦燥だけだ。私の背をじっとみてくる。なんでもできる。あと三年間、なんでも。私はその三年間、その可能性ににらまれながら生きていくしかないのだ。それもまた、私が夢がないせいなのだがな。やりたいことがあるのとないのとで、天地ほどの差がある。これから私がどれだけの時間を捨てていくのか、それを想像するだけでもう生きた心地がしないんだ。
だが、そう、これは本当に大逆転のチャンスに変わりはないんだ。とがることができれば、将来も開ける。それが職となれば、もう不安などない。とがりたいものが見つかれば、もう毎日をそこにオールインするだけでいい。私を取り巻く数々の恐怖と焦り、それらすべてはただ一つの行為によって取り払えるんだ。やりたいこと、それさえこの手に掴めたのなら。
とはいえ、それはどこにあるとも知れないものだ。感覚的には、私の外界の四方に手を伸ばすようなものじゃなく、私の内の、例えるならおもちゃ箱を漁るようなものに近いのかもしれない。今までの人生にきっとヒントがあるんだと思う。だってそのはずだろう?やりたいことはきっと、私という存在を組み立てる要素の延長線上にあって然るべきだから。だから日記をかく。おもちゃ箱だって仕切りがあって整理整頓されている方がわかりやすいじゃないか。でたらめに詰め込まれたおもちゃたちの中に手を突っ込むより、よっぽど賢い選択だ。だから日記を書くと決めた。
付け加えるなら、その夢を探す過程も、少しは楽しくやりたいなと思ったからという理由もある。人間ってものは、何かを積み上げていくと自信につながっていくもんだろう?それが単体でなにか形を成している必要はない。日記の1ページ1ページが価値を持っている必要なんて全くない。それを毎日書いたんだって事実だけで、少なくとも今の最低の自分にしてみれば、それは大きな価値を持つ。逆に、この絶望が功を奏したな。こんなちっぽけなことでも、今の私には幸せに思えてしまうんだから。少しは肩の荷が下りている気がする。何かしなくちゃって、そんな思いで押しつぶされそうだったからね。
余談だけど、私は卯月コウというVtuberをよく見る。彼の配信には多くのニートや社会不適合者が集まっていて、少し勇気をもらえる。私は他人と似通ることが大の嫌いだが、今に限ってはなによりの救いだった。この日記をネットの海に流しておくというのも、また私の行いが誰かの救いになることを、少しばかり願ってのことなのかもしれない。
